第八回:リスク対策の基本
第七回:有害性リスクの見積もり(2回目)
第六回:有害性リスクの見積もり
第五回:危険性リスクの見積もり
第四回:リスクシナリオの検討
第三回:リスクアセスメントの実施:危険性や有害性の特定
第二回:リスクアセスメントとは何のために行うの?
第一回:自律的管理の意義を知ろう
第九回:保護具
<はじめに>
前回、リスクが許容できない場合に、リスク対策の優先順位を考えましたが、保護具は最後に検討すべき対策ということでした。その理由は、リスク低減効果が大きくないことと、保護具が有効に機能するためには、多くの条件をすべて満たす必要があるからです。
ただ、対策は一つに限定しなければならない理由はありませんね。保護具は比較的安価で、すぐに対応できるというメリットもありますので、今回は、保護具を適切に使用するためのポイントを考えます。
<リスクシナリオと保護具>
保護具を考えるための第一歩は、まずは化学物質による災害リスクシナリオを考えることです。作業場のガスや粉じんを吸い込む経気道ばく露、皮膚接触により皮膚損傷や体内吸収が起きる経皮ばく露が、代表的なリスクシナリオと言えます。例えば、液体飛沫が目に入るシナリオを考えると、目に直接飛沫が入るルートもあれば、額に付着した飛沫が垂れることで目に入るルートもあります。このように、ばく露ルートを十分に洗い出してそのルートを保護具で遮断することを考えます。
リスクシナリオ検討に際しては、ある確率で起き得る異常事態のシナリオも考えておく必要があります。それが許容できないリスクであれば、通常作業ではばく露がなくても、異常事態に備えて保護具を着用して作業する選択肢もあるでしょう。また、他のリスクとのコンフリクトを明確にしておくことも大切です。例えば、全身を覆う保護衣は化学物質のばく露リスクは下げるが、夏場は熱中症リスクを高めるなどです。この場合、二者択一ではなく、両方のリスクを下げる方策を考え出さなければなりません。
以下、吸入ばく露防止のために用いる呼吸用保護具と、経皮ばく露を防止するために用いる化学防護手袋について取り上げます。これらは、2024(令和6)年4月から始まった自律的管理において、従来になかった新しい考え方が導入されたためです。
<呼吸用保護具>
吸入ばく露防止のために用いるのが呼吸用保護具です。呼吸用保護具を有効に機能させるためには、JIS T8150記載の管理を行う必要がありますが、要約すると以下の3条件すべて満たす必要があります。
条件1:十分な能力を持ったマスクを選ぶこと。
マスクには型式によって能力に違いがあります。呼吸域での測定(個人ばく露測定)と対象化学物質のばく露限界値との関係から、マスク内の濃度がばく露限界値以下になる十分な性能を持ったマスクを選ぶ必要があります。
このほか、酸素欠乏環境、即時危険濃度(Immediately Dangerous to Life or Health: IDLH)、爆発下限界、目に対する刺激の有無、臭気で破過が確認できるか、などさまざまな要因を考慮して、呼吸用保護具を選ぶことになります。
有機溶剤臭がするから防毒マスクを選ぶという感覚的な判断では、正しいマスク選択ができるかは分かりません。
条件2:マスクと顔がフィットして漏れがないこと。
いくら性能の良いマスクを選択しても、顔とマスクに隙間があったら意味がありませんね?人の顔の形は千差万別ですから、全員の顔にフィットしているマスクはありません。そのため、一人一人にフィットテストを行い、
個々人の顔にフィットした漏れのないマスクを選択する必要があります。加えて、実際に使用するときには、正しく装着できて漏れていないか、毎回シールチェックを行うことを忘れてはいけません。マスクは、正しく装着するための教育訓練を定期的に行うことも重要です。
条件3:適切に維持管理すること。
国家検定を合格している信頼できるマスクを選んで、保護具劣化した場合に交換するなど維持管理を正しく行う必要があります。
<化学防護手袋>
化学物質と化学防護手袋の材質との性質が似ていると、穴が開いていなくても、化学物質は手袋を透過します。よって、使用している化学物質に対して耐透過性の高い材質の手袋を用いる必要があります。「耐有機溶剤用」と銘打って売られている手袋には、手袋自体の耐久性はあるものの、耐透過性が低くて化学防護手袋として十分でない製品も売られていますので、注意が必要です。2024年2月に、厚生労働省から、「皮膚障害等防止用保護具の選定マニュアル」が出され、現在第3版となっています。添付に、化学物質と手袋の材質の組み合わせ表(耐透過性能一覧表)もありますので、それを参考に、十分な防護能力を持った適切な保護手袋を選んでください。
<さいごに>
保護具を選択する際には、複数の保護具同士の干渉で、物理的同時使用ができない場合もありますし、保護具着用は作業者に大きな負担をかけることにもなります。あくまでも、保護具の優先順位は最後であり、安易に頼らない対策を検討した上で、保護具を適切に使用してください。
第八回:リスク対策の基本
<初めに>
前回まで危険性・有害性のリスクの見積もり方法を考えました。見積もった結果、もしリスクが許容できないのであれば、許容できるレベルまでリスクを下げる必要があります。今回は、リスク対策を考えます。
<どこまでリスクを下げるのか>
リスク低減の基本的な考え方は、第5回の危険性リスクでも触れた、「リスクは合理的に実行可能な限り出来るだけ低くしなければならない」というALARP(注)の考え方です。有害性リスクについては、2024年4月から安衛則第577条の2(注)で「リスクアセスメント対象物に労働者がばく露される程度を最小限度にしなければならない。」と規定され、ALARPの考え方が法で導入されました。多くの日本人は、ALARPの考え方に慣れていないので、化学物質管理者は安全分野の教科書などを参考にしていただけたらと思います。
加えて、ばく露限界値が設定されている物質は、ばく露限界値はその濃度以下であれば、ほとんどの労働者に健康影響が出ないであろうと考えられる数字であるから、対策としてはばく露濃度をばく露限界値以下に下げる必要があります。こちらはALARPと違って、リスクを下げるターゲットが明確なので、わかりやすいですね。加えて、2024年4月からは、安衛則第577条の2第2項で、屋内作業でのばく露を、厚生労働大臣が定める濃度の基準(濃度基準値)以下にしなければならなくなりました。
<リスク対策の基本的な考え方>
対策を考えるのに重要なのは、災害に至るリスクシナリオの中で、シナリオの早い段階で災害の芽を摘むことです。そのため、そもそも、不安全な状態を作らないようにするにはどうすればいいかを考えましょう。リスクアセスメントを行う際には、機械は壊れる、人は間違えることを前提として、災害に至るリスクシナリオを考えることが重要であることを、第4回で解説しました。
対策としては、機械が壊れたり人が間違えた場合に、不安全な状態にならないように、設計の段階で本質的な安全対策を取っておくことが大切です。例えば、洗濯機は蓋を閉じなければドラムが回転しないような設計になっています。これにより、間違えて回転中のドラムに手を入れてしまい、巻き込まれてしまう事故を防ぐことができます。
次に、早い段階で異常に気が付いて、災害防止対策を取れるように、異常状態を検知する対策も有効です。有機溶剤を用いる作業場所で、ガス検知器を設置して、爆発や中毒が起きる濃度になる前にアラームを鳴らすことが代表例です。安全リスクは、発生確率×影響度で評価しますが、これら本質安全や検知対策は発生確率を大きく下げることに貢献します。
さらには、災害が起きた場合に、その被害を小さくする対策を取っておくことも大切です。これは、発生確率×影響度の影響度を小さくすることに対応します。金融投資の世界では「卵はひとつのカゴに盛るな」という格言がありますが、被害を小さくするわかりやすい例と言えるでしょう。
このように、リスクシナリオごとに、本質安全、検知、被害最小化対策を考えて災害に至るリスクを低減することを考えてください。
<具体的な化学物質対策の優先順位>
化学物質の対策に焦点を当てて考えてみましょう。図は対策の有効性の高い順から低い順に並べてあり、上から順に対策を考えるべきであることを示しています。
一番良い方法は、そもそも、化学物質を扱う作業をやめることです。無駄な仕事という意味で、ブルシットジョブという言葉が話題になりましたが、何となく過去から惰性で継続している化学物質取扱作業の中で、価値を生まない作業をやめることが可能であれば、化学物質を扱うリスク自体がなくなるだけでなく、業務効率も改善します。
次は、危険性・有害性の高い化学物質を使用するからリスクが高いのであるから、であれば、危険性・有害性の低い物質に置き換えるのがリスクを下げる有効な方法です。有害性の高い有機溶剤を含む塗料を止めて、水性塗料を用いることが例として挙げられます。
それが難しければ、例えば化学物質を密閉化して外に出ないようにする、換気装置を用いて化学物質を排出するなど、設備で対応する方法(工学的対策)を考えることが大切です。それが難しければ、次に、例えば立ち入り禁止措置や作業時間の短縮など、作業手順の見直しで、化学物質ばく露を少なくする方法を考えます。
保護具は、最後に考慮すべき対策と考えてください。その理由は、保護具は適切な選択、適切な使用、適切な管理がすべてできていないと、有効に機能しないからです。
実際には、他のリスク要因、使える予算、対策実現にかかる時間、作業性、作業者への負担など、様々な要因を考慮し、最終的にどの方法を採用するか、組み合わせるかなどを考えて決めていくことになります。例えば、設備でリスクを下げる対策を考えても、設備が完成するまでばく露があるなら、それまでは保護具でリスク低減策を行うなど、状況ごと実効性のある対策を知恵を絞って考えましょう。これこそが、自律的管理です。
<最後に>
保護具は最後に考慮すべき対策と書きましたが、しっかり管理して使えば、有効な対策としても使えます。次回は、保護具によるリスク低減策を考えます。
注:As Low As Reasonably Practicalの略
図 化学物質リスク対策の優先順位
第七回:有害性リスクの見積もり(2回目)
<初めに>
前回は、有害性に関するリスクの見積もりを考えました。有害性のリスクは、「ばく露の程度」と「有害性の程度」とで見積もるということでした。「ばく露の程度」は、ばく露比(=ばく露量/ばく露限界値)で評価されますが、ばく露限界値は化学物質によって定められた数字ですので、結局リスク評価のポイントは、ばく露量を把握することでした。今回は、その「ばく露量」をどのように把握するかを考えます。
<ばく露量の評価方法>
ばく露量は、体内に取り込まれる化学物質の量であるため、まずはばく露のルートを考える必要があります。ばく露ルートには、吸入、接触・経皮吸収、経口があります。(図1)。各ルートを通じたばく露量は、自律的な管理においては、各自が、その評価方法を選択することになります。皮膚吸収については、後述する数理モデルであるCREATE-SIMPLEや、ふき取り(ワイプテスト)など測定で評価することもできますが、今月は、ばく露ルートの中で一番影響が大きい吸入ばく露の評価に焦点を当てて解説をします。
<何を基準に方法を選択するか>
吸入ばく露の評価方法は多くありますが、代表的なものを図に示します。いずれも、ばく露量を評価するために行うものですが、方法ごとに精度や必要な手間などが変わってきます。自律的管理では、状況に応じて、それぞれの長所短所を考えながら、自分で方法を選択することになります。
法令で実施すべき評価方法が明確化されていないので、「どうすればいいのかわからない」、とか困惑する声も多く聞きます。ここで、何のためにリスクアセスメントを行うのか、再度考え直してみましょう。(第2回参照)。もちろん、リスクアセスメント対象物に対するリスクアセスメントは法で義務化されてはいますが、リスクアセスメントは、法令で義務になっているから行うのではなく、本来、自分が意思決定をするために優先順位を見える化するために行うものです。例えば、ばく露量がばく露限界値に近い状況であれば、対策が必要かどうか判断しなければならないので、それを明確にするために精度の高い方法でばく露量を評価しなければなりません。一方、リスクが明らかに低くて対策が必要でない状況であれば、精度を落として評価しても、対策不要という意思決定に影響がない場合もあります。つまり、自分の意思決定に影響がありそうな場合は、精度よく評価できる方法を選択すればよいと考えればよいと思いますし、自信がなければ精度の高い方法で確認すると考えておけば良いでしょう。
<評価方法のフロー>
この考え方がわかりやすく示されているのが、厚生労働省から出されている「化学物質による健康障害防止のための濃度の基準の適用等に関する技術上の指針」で書かれているフローです。(図2)このフローが意味することは、「初期調査として、精度が低いけれども簡単に実施できる数理モデルや検知管等を用いた簡易測定で、まずは、ばく露レベルを簡易評価してみましょう。もし、その結果、ばく露がばく露限界値を超える懸念があると考えられる場合には、手間はかかるけれど精度の高い個人ばく露測定で本当のばく露量を測定して、リスクを精度良く求めましょう」、ということです。
前述の指針では、濃度基準値が設定されている物質においては、初期調査の結果、ばく露が濃度基準値の1/2を超えると想定される場合は、呼吸域での濃度を実測すること(確認測定)が求められていますので、精度の高い個人ばく露測定を検討する目安としては、ばく露濃度がばく露限界値の1/2を超えるか超えないかを一つの指標と考えればよいと思います。ただし、あくまでも筆者個人の意見ですが、有害性の高い化学物質を日常的に使用している場合は、一度は個人ばく露測定で、ばく露レベルを確認してみることをお勧めします。一度、実測をしてそのばく露レベルが低ければ安心できますし、ひょっとしたら思わぬところでばく露しているかもしれず、測定すれば、それに気付くこともできるからです。
<最後に>
次回では、リスク評価の結果、リスクが許容できないと判断した場合の対策について考えます。
表
方法例 特徴
数理モデル(注) 多くの物質を対象に、作業状況に応じたばく露量を計算で評価可能
検知管 誰でも簡易に測定可能。対象は気体。
直読計 誰でも濃度を測定可能。データログ機能で時間推移も把握可能
個人ばく露測定 作業者の呼吸域で測定し、ばく露評価の確率性が最も高い
注
CREATE-SIMPLEが代表的なツールで、以下よりダウンロードできます。
https://anzeninfo.mhlw.go.jp/user/anzen/kag/ankgc07_3.htm
図1 労働者のばく露される経路: 厚生労働省公開 リスクアセスメント対象物製造事業場向け化学物質管理者テキストより
第六回:有害性リスクの見積もり
<初めに>
前回は、危険性に関するシナリオ毎のリスク見積もりを考えました。危険性のリスクは、そのシナリオによって災害が起きる「発生確率」と、その災害の「重篤度」で見積もるということでした。
今回は、有害性リスクの見積もりを考えます。まずは、アスベストを例にして、「発生確率」と「重篤度」を用いて有害性リスクを考えてみましょう。まずは発生確率はどうでしょうか? アスベストはばく露して肺がんや、悪性中皮種が発症するまで30~40年かかりますので、リスクを評価の時点では、遠い将来の肺がん等がイメージしにくく、発生確率は低いと判断してしまう懸念があります。次に、重篤度ですが、大気中に飛散したアスベストを吸い込んでも、その瞬間では人体への悪影響を実感できないため、重篤度は低いと判断してしまう懸念があります。その結果、発生確率も重篤度も低いと判断し、アスベストばく露リスクは極めて低いと判断してしまうことになります。行動経済学が示すように、ヒトは遠い将来のリスクは割り引いて考えてしまうものなので、アスベストの様に、ばく露して時間が経って疾病になるリスクは、どうしてもリスクを低く見積もってしまいます。もちろん、トラブルによる毒性ガスの大量噴出による死亡災害シナリオであれば、そのトラブルの「発生確率」と「重篤度」とで評価しますが、一般に、有害性リスクは、「発生確率」と「重篤度」だけで評価するのは、アスベストを例に出したように、正しく評価ができない懸念があるわけです。では、どのようにリスクを見積もればいいでしょうか?
<有害性リスクの見積もり>
有害性は人体に対する悪影響ですから、化学物質にばく露することによって、人体にどのような影響が出るかを考えるのが大切です。図は、一般的な化学物質のばく露量と、人体への悪影響の関係を示しています。ばく露量が増えていくと、健康影響が現れる人が出初め、ばく露量が多くなるにつれて、その数が増えていき、最後は全員に健康影響が生じることを意味しています。生命の維持に必要な「水」も過剰に摂ると健康に悪影響が出るので、同じですね。多くの有害性においては、図の☆部分に相当する、「閾値」があると考えられる(注)ので、そのような化学物質に対しては、人体へのばく露量を、閾値以下に抑えることがポイントになります。
有害性リスク評価に用いる場合、上記閾値は、一般に、ばく露限界値と呼ばれます。ばく露限界値に対して、実際のばく露量を考えれば、リスクを評価できることになります。より具体的には、ばく露比(=ばく露量/ばく露限界値)によって、「ばく露の程度」を表すことができます。
次に、2つの化学物質のばく露を考えてみましょう。両物質のばく露がの程度が同じであれば、発がん性物質のように、有害性の高い化学物質の方が対策を優先すべきですね? 第二回でリスクは優先順位を決めるための手法である話をしました。そうすると、有害性の高い化学物質ほどリスクが高くなることを意味しています。
以上より、有害性のリスクは、「ばく露の程度」と「有害性の程度」とで評価できることになります。
<ばく露限界値>
ここで、有害性リスクの見積もりで、非常に重要な数字であるばく露限界値について考えてみましょう。
ばく露限界値の基本的な定義は、その濃度以下であれば、ほとんどの労働者に健康影響が出ないであろうと考えられる数字であり、以下を使用します。
1) 濃度基準値
2) 学術団体が定めるばく露限界値(米国ACGIHのTLV、日本産業衛生学会の許容濃度 など)
濃度基準値については、労働安全衛生規則 第五百七十七条の二で、屋内作業場において、ばく露される程度を濃度基準値以下にすることが定められ、2024年4月から施行されました。濃度基準値が設定されていない物質も、学術団体が定めるばく露限界値以下に抑える必要があります。
<最後に>
ばく露の程度は、ばく露比(=ばく露量/ばく露限界値)で評価されると説明しました。ばく露限界値は化学物質によって定められた数字ですので、後は、ばく露量がわかりさえすれば、リスクが評価できることになります。次回は、どのように、ばく露量を評価するかを考えます。
図 用量反応曲線
(注)発がん性物質の場合、その発がんメカニズムによっては、閾値を持たない化学物質もあります。その場合は、実質安全量という別の考え方で評価します。
第五回:危険性リスクの見積もり
<初めに>
前回は、化学物質が持つ危険性・有害性が、どのように災害につながるのかを考えました。例えば、安全装置の故障で、安全対策が無効化された状態で、運悪く作業員が操作を間違ってしまうと災害が起きるような、災害に至るシナリオを考えました。
今回は、まずは危険性に関するシナリオ毎のリスク見積もりを考えます。
<リスク見積もりキホン>
安全のリスクは、そのシナリオによって災害が起きる「発生確率」と、その災害の「重篤度」で見積もります。同じ発生確率でも、死亡災害と赤チン災害とでは死亡災害の方がリスクが高いのは、わかりやすいですね?また、同じ赤チン災害であっても、頻繁に起きる災害と滅多に起きない災害では、頻発する災害の方がリスクは高いということになります。頻繁に起きるということは、不安全な状態や不安全行動が多発していることであり、許容できる状態ではないと考えれば理解しやすいかもしれませんね。
<発生確率の見積もり>
災害の「発生確率」は、どういう「使用装置の故障」、「ヒューマンエラー」がどのくらいの確率で起きて、それらの、どの組み合わせで災害になるかを考えて、確率を求めていきます。
「使用装置故障」については、破損、腐食、変形、摩耗、ゆるみなどの機械部品劣化に起因するものもあれば、短絡・絶縁不良・断線等の電気系統トラブルによるものもあります。これらの故障率は、過去のトラブル記録から求めることができますし、新規設備でも類似の設備の故障率から類推します。
「ヒューマンエラー」については、スイッチ切り忘れ、タイミングのずれ、作業手順前後、化学物質投入量の過不足など、様々なパターンがあるので、どういう状況でどういうミスをするのか、作業頻度や作業の複雑さ(間違いやすさ)も考慮して決める必要があります。
<重篤度の見積もり>
例えば、化学物質火災が起きた際、発災場所と作業委員の位置関係や、避難の容易さ(逃げ遅れ)、燃焼有毒ガスの拡散などによって、その災害の重篤度は変わります。災害発生時に、どのくらいの死傷者が発生し得るかを評価します。
また、重篤度評価に際しては、作業員の安全だけでなく、設備損傷等による会社資産の棄損、さらには、毒性ガスが放出されることによる周辺住民の健康障害や、放出された化学物質による環境影響リスクも考慮する必要があります。また、災害を起こした際の社会的信用の失墜なども考慮しておくことは重要です。例えば、一度災害を起こしてしまうと、住民の反対でその場所で操業できなくなったり、サプライチェーンを寸断させた結果として顧客が他に流れて事業が成り立たなくなる懸念もあるからです。
<リスクレベルの決定>
シナリオ毎に、「発生確率」と「重篤度」を評価したら、次に、リスクレベルの決定を行います。リスクレベル決定手法は多くの方法が開発されています。例えば、図に示すリスクマトリックス例では、発生確率と重篤度の組み合わせで4段階のリスクレベルが決まります。これにより、リスク対策の優先順位が、リスクレベルとして「見える化」されることになります。
次に、されぞれのリスクレベルに応じて、事業所として、リスクをどこまで許容し、どう対応するのか、判断基準を決めておく必要があります。どのレベルを許容するかは自ら決めることですが、参考に、英国安全衛生庁(HSE)は、10-3/年以上は許容できないとしています。皆さんのリスクの許容基準は、甘くなっていませんか?
<最後に>
リスクの見積もりをするには、上記のように、設備や作業者ミスによる発生確率を詳細に検討したり、災害重篤度も労災だけでない多面的な考察が必要となるため、化学物質管理者単独で行うのは望ましくありません。対象となる化学物質を扱う作業や機械に熟知した人々がワンチームとなって、ブレーンストーミングを行い(特にリスクの高い項目については)慎重に評価をする必要があります。
また、リスクの見積もりにおいては、ある特定の人が、安全対策をしなくて済むように、最初からリスクを低くするという結論を先に決めて、そこから逆算して発生確率や重篤度を、恣意的に見積もることがないようにする必要があります。そのため、リスクアセスメントの内容は定期的に外部のリスク見積もりを熟知した人のチェックを入れるなど、その内容を担保する工夫は必要です。
次回では、有害性のリスクシナリオに対するリスク見積もりを考えます。
第四回:リスクシナリオの検討
<初めに>
前回は、化学物質の洗い出しと化学物質の危険性・有害性の把握を説明しました。
今回は、化学物質が持つ危険性・有害性が、どのようなシナリオで、どのような災害につながるのかを考えていきます。
<リスクシナリオの抽出>
最初に、その化学物質が、どのように使用されているか調べることから始まります。例えば、使用時間、使用量、作業頻度、使用時の状況(蒸発、飛散の有無など)が調査項目例になります。機械を使用する場合は、その仕組みや安全装置(インターロックや安全弁など)の作動条件などを確認しておくことも重要です。
次に、その調査結果を踏まえて、化学物質が、どういう経緯を経て労働災害・労働疾病にいたるか(リスクシナリオ)を考えていきます。例えば、日常的に行う作業におけるばく露でどういう健康障害が起きうるのか、これから実施を計画する非定常作業における災害はどのようなものがあるか、万一、トラブルが発生した時に何が起きるかなど、様々な観点でリスクのシナリオを洗い出していくことになります。
・日常業務における災害:例)石材切削による結晶性シリカのばく露で、肺障害(肺がん、慢性閉塞性肺疾患など)になる。
・非定常作業における災害:例)換気の良くない工事現場で塗装作業を行った結果、揮発した有機溶剤に、着火・爆発する。
・トラブル発生による災害:例)冷却装置故障で反応容器内温度および圧力が上昇し、安全弁作動の結果、毒性ガスが放出される。
シナリオを考える際には、安全対策を取っているから災害が起きないと決めつけるのではなく、「機械は壊れる」「人は間違える」「地震などの天災は必ずやってくる」ことを前提に、これらが起きたときにどういう災害につながるのかを考えておくことが重要です。例えば、「機械は壊れる」は、機械は、経年劣化や部品の品質問題などにより、ある確率で故障や動作不良を起こします。安全装置が設置されていても、その安全装置が故障したら、安全対策は無効化されます。また、シール材の劣化により、時間の経過とともに内部の化学物質が微小漏洩するようになり、気がつかずに、毎日ばく露してしまうことも考えられます。
「人は間違える」を考えなければならないのは、ヒトの知識不足や習熟度の不足、そして(人間であるがゆえに)確証バイアスなどによる正しくない判断などがつきまとうからです。例えば、チェックリストで安全な状態になっているか確認する対策を取っても、時間の経過と共に、チェックリストに記録することが目的化して形骸化したら何が起きるのか考えてみるといいでしょう。
<多面的なリスクシナリオの洗い出し>
安全と衛生担当が分かれている事業所も多いのではないでしょうか?その場合、化学物質の危険性は安全担当が、有害性は衛生担当が担当すれば良いと考えてしまいがちです。ただ、現実には、危険性と有害性は明確に線を引けるものではありません。化学物質によっては、どちらのウェイトが大きいかの違いはありますが、危険性と有害性は、両方同時に考えなければなりません。
例として、トルエンを含む塗料を屋内で使用して、トルエンが揮発している状況を考えてみましょう。米国ACGIHが定めるばく露限界値は20ppmですので、この濃度を超えるレベルのばく露が日常的に続いていると、聴覚毒性による難聴等の健康上の懸念が出てきます。もう少し濃度が高くなり、500ppmレベルになると、米国NIOSHが定める即時危険濃度(IDLH)となり、中枢神経の影響が顕著になり、頭痛、めまい、意識喪失などといった、急性毒性が問題となってきます。さらに、濃度が高くなり、11,000ppmを超えると、爆発下限界に到達し、着火源があると爆発する状態となります。トルエン濃度は、使用量、作業場の状況(換気、部屋の容積など)、トラブル(換気停止など)によって変わります。危険性・有害性は、リスクシナリオによって、化学物質が持つ性質の現れ方が変わってくるに過ぎないのです。
化学物質管理者は、危険性・有害性の両面でリスクアセスメントを行うことが求められます。安全と衛生の担当が分かれている事業所においても、化学物質管理者のリーダーシップの元、協力してリスクシナリオを考えていただきたいと思います。
<最後に>
最後に、リスクシナリオを洗い出すためのポイントを説明します。
まずは、実施体制です。化学物質管理者は、化学物質管理の技術的事項を担当する役割を担っていますが、化学物質管理者だけがリスクアセスメントを行うわけではありません。作業内容、使用する設備の詳細など、業務に詳しい人がリスクアセスメントに積極的に参加し、意見を出し合い、議論を深めることで、重大な災害につながるリスクシナリオの抽出漏れを防ぐことができます。事業所のトップの方には、関係者が一体でリスクアセスメントを進める体制の確保をお願いします。
次のポイントが、労災やヒヤリハットの活用です。災害やヒヤリハットは、一つ間違えば、重大な労働災害につながっていたリスクシナリオを示しているので、その原因をしっかり解析をしておくことが重要です。特に、ヒヤリハットは労災が起きたわけでないので、集計が目的となっている事業所が多いように思いますが、実際に事業所で発生したリスクシナリオの宝の山ですので、リスクシナリオの抽出にしっかり活用していただきたいと思います。
次回、それぞれのシナリオにおけるリスクの見積もりを解説します。
第三回:リスクアセスメントの実施:危険性や有害性の特定
<初めに>
本シリーズ第二回では、リスクアセスメントの意味について説明しました。今回から、具体的にスクアセスメントの実施について解説していきます。厚生労働省のホームページでは、リスクアセスメントとは、「事業場にある危険性や有害性の特定、リスクの見積り、優先度の設定、リスク低減措置の決定の一連の手順としています。第三回では、最初に行う「危険性や有害性の特定」を取り上げます。
<化学物質の洗い出し>
「弊社の商品は、化学物質を使用していないから安全です。」という商品広告を見ることがあります。化学物質は、「健康に悪い物質」であるから、自分たちには関係ないと考えていませんか?全ての物質は化学物質でできている(我々人間も!)ことと、どの化学物質もばく露量が多くなると健康障害が出る(生命維持に必要な水も大量に摂取すると健康に悪影響がある!)ことから、化学物質管理においては、すべての化学物質が対象であり、その化学物質の持つ危険性・有害性の程度により、人体への影響に差が出てくると考えるのが本来の考え方になります。
そのために、リスクアセスメントの第一歩は、まずは職場に存在する化学物質をすべて洗い出すことから始まります。まずは、職場にある製品を抜けなくリストアップしてSDSを集めましょう。家庭で用いられる洗剤等の製品でも、業務用に提供されているものはSDS提供が義務化されているので、入手してください。
次に、SDSの、「3.組成及び成分情報」に記載されている組成を確認して、製品に含まれる化学物質を洗い出しましょう。化学製品を製造している事業所では、購入した製品(原材料や副資材など)以外にも、化学反応などで生成される中間製品や副生成物なども洗い出す必要があります。製造工程で、それらが漏洩した場合のばく露リスクや、火災・爆発等が発生するリスクもあり得るからです。
<化学物質の危険性・有害性の把握>
次に、洗い出した化学物質毎の危険性・有害性j情報を確認しましょう。SDSを見ると、「2. 危険有害性の要約」には、以下の図に示すピクトグラムと共に、製品としての危険性・有害性区分が、書かれています。これは、GHS(注1)と呼ばれる、国連が定めた世界共通のルールに基づいて危険性・有害性の分類と程度を示したものです。区分の数字が小さいものほど、危険性・有害性が高いルールになっているため、区分1という表記があれば、影響が大きいことがわかります(注2)。GHSの詳細は、誌面スペースの都合上、割愛しますが、厚生労働省のHP(注3)にも説明があるので、参考にしてください。
この危険性・有害性の把握により、その化学物質を扱う際に、火災・爆発のような安全上の懸念があるのか、健康障害を起こす懸念があるのかを把握できます。そして、次回に、その危険性・有害性が、どのようにして災害につながるのか、リスクのシナリオを考えていく次のステップを解説をします。
なお、有害性情報は頻繁に見直しがあることと、製品に依っては同じ製品名であっても組成が変わることがあります。また、SDS記載内容は提供する側のレベルにも依存します。SDSの内容に不備があったり、定期的な見直し・通知を製品提供側が怠った結果として、災害が起きて困るのはユーザー側ですので、製造者側にすべてを頼るのではなく、自主的に定期的に、最新SDSを取り寄せたり、その内容に疑問があれば提供する側に確認するくらいの慎重さが必要だと考えます。ユーザー側からのチェック目線が入ることで、SDS提供側のレベル向上にもつながります。
<危険性・有害性情報の多い物質を優先的に使用>
灯りのない真っ暗な夜道を歩くことを想像してみてください。前が全く見えないために、歩く方向にある障害物にぶつかるかもしれないため、安心して歩くことはできませんね?一方で、街灯があれば、障害物が見えますから安心して歩くことができます。危険性・有害性を把握するということは、夜道に街灯を灯して歩くことに相当し、そして危険性・有害性情報の多少は、街灯の明るさに対応するでしょうか。
危険性・有害性が知られていない化学物質を使うことは、未知の重大な危険性・有害性が潜んでいる可能性がありますので、それだけリスクが高いことになります。そのため、極力、危険性・有害性情報が知られている化学物質を優先的に使用するようにしていただきたいと思います。夜道は、街灯を点灯し、可能であれば、明るい街灯の下で歩きたいものです。
注1 GHS(化学品の分類および表示に関する世界調和システム)は、化学品の危険有害性の分類や表示に関する国連勧告
注2 発がん性は、区分の数字が小さいものは、ヒトに対する発がん性の確からしさの程度であり、発がん性の程度とは異なる。
注3 厚生労働省職場のあんぜんサイト https://anzeninfo.mhlw.go.jp/user/anzen/kag/ankg_ghs.htm
第二回:リスクアセスメントとは何のために行うの?
<リスクの本質は優先順位の見える化>
本シリーズ第一回では、安全衛生対策はコストではなく、会社の貴重な「人財」を守り企業活動を確実にするための「投資」で
あり、自律的管理においては、対策の優先順位を設定して、優先順位の高いところから、会社の経営資源を投入することが重要と書きました。ここでポイントになるのが、その優先順位をどのように決めるか、という点です。
例えば、職場に、死亡災害を起こす懸念がある場合と、赤チン災害を起こす懸念がある場合で、どちらの対策を先に行いますか?
大抵の人は、死亡災害懸念のある状況の方が「リスクが高いから」防止対策を優先して行うのではないでしょうか?
そう考えてみると、リスクは、対策をどういう順で実施するべきか判断する際の指標として考えていることになります。つまり、
リスクアセスメントとは、判断をするための優先順位付けをするための手法だと考えるとわかりやすいと思います。
<安全リスクゼロ神話からの脱却>
国際的には、安全の定義は、「許容不可能なリスクがないこと」とされています。ここでのポイントは、安全とはリスクゼロの状態ではないということです。
安全リスクは一般に、ある事象が起きる発生確率と、それが起きたときの重篤度で考え、リスクレベルを決定します。よく考えてみますと、化学物質を扱う以上は、幾ら安全装置を導入しても機械は故障しますし、手順書や教育を行ってもヒューマンエラーはゼロにはなりませんし、さらには、地震や雷等による停電など天災に起因した安全装置の無効化などのトラブルおきる確率はゼロにはなりません。よって、発生確率をゼロに近づけたり、発生した時の影響度は小さくしてリスクは小さくはできるけれども、決してゼロにはならないのです。よって、リスクは低くすることを目指す必要はありますが、リスクゼロを目指すのではなく、合理的に低減に努めて、許容可能な範囲以下に抑えることがポイントになります。
<リスクに基づく合理的な対策検討>
安全において、リスクゼロを目指すのではない、ということに違和感を感じる人は多いかもしれませんね。日本人は、安全対策を実施するべきなのか、しなくていいのか、白黒ハッキリしてほしいという考えを持っている人が多いように思います。その結果として、以下の二極化傾向が強いように感じています。
・規制化されていないことはリスクはないものと整理して、対策を一切取らないタイプ
・リスクゼロにならないと安心できないから、リスクゼロを目指して、必要な労力・金・時間は気にせず、トコトンやろうとするタイプ
前者は、許容できないリスクがあっても対策を取らないことになるので、安全衛生上の問題が生じるのは明らかですが、後者も安全衛生上に大きな問題があります。リスクゼロを目指すことの何が問題なのか?と思う方がいるかもしれませんが、考えてみてください。会社にお金や人が無限にあるのであれば、全てのリスクに対策を取れまずが、残念なことに使えるお金や人材には限りがあります。リスクの低いことに会社の貴重な経営資源を使うことは、逆に、重大なリスク対策に投入できる経営資源が手薄になることになり、却って、重大な労働災害につながることになるからです。
このように、限られた経営資源をどのように投入するか、リスクと、その結果得られるベネフィットとを考えながら判断していくこと、これこそが、安全・健康経営ですが、この判断の羅針盤になるのがリスクアセスメントによる優先順位の見える化というわけです。
<リスクベースの安全衛生管理の先には>
約50年前にローベンス報告を受けて労働安全衛生に自律的管理を導入したイギリスでは、現在の年間の死傷者数が約120人程度(2024年報告で124人)であり、日本の労働災害死傷者数の800人程度(2024年で746人)に比べて圧倒的に成績が良い状況となっています。筆者は、この差は、作業前にリスクアセスメントを実施して、リスクに応じた対策を「自ら事前に考える」ことが深く広く浸透していることが、大きな要因の一つであると推察しています。今後、日本でも、自律的な安全衛生対策を導入することによって、リスクに応じて対策を取ることが可能となり、結果としてイギリスのように安全衛生成績向上につながると信じています。
平成28年に化学物質のリスクアセスメントが義務化されましたが、法令の義務化を守るために、リスクアセスメントを「実施すること」が目的化している事業所が多いかもしれません。リスクアセスメントの目的は、優先順位をつけて判断するために行うと発想を切り替えて、まずは、化学物質の自律的管理から、リスクをベースにした労働安全衛生対策を進めてみませんか?
次回から、リスクアセスメントの具体的な進め方について、話を移したいと思います。
第一回:自律的管理の意義を知ろう
<はじめに>
令和4年の法改正で、化学物質に新たに自律的管理が導入されました。今回の法改正では、今までの特別規則のルールは、原則そのままですが、それ以外の物質については、自律的管理を導入することになりました。ただ、自律的管理が導入された理由がわからない、なぜこういうルールになっているのか?など、いろいろな質問を耳にします。
筆者は、2024年に一年間、中央労働災害防止協会様発行の、安全衛生のひろばに、化学物質の連載をしました。その原稿をベースにして、ページをご覧の皆様の疑問に答えることができるように、自律的管理の基本的な考え方をシリーズで解説します。
第一回は、なぜ自律的管理への移行が大切なのかについて考えます。
<自律的管理の背景>
労働安全衛生法の体系では、規制物質を決めて、その物質を取り扱う場合に、換気装置設置、特殊健康診断など、様々な細かい規制を定めています。実施する内容は明確に書かれているので、化学物質に詳しくなくても、わかりやすいですね。ただ、よく考えてみると、規制物質は123物質(2023年時点)に過ぎないけれど、未規制物質は7万物質以上も知られていて、その中には規制物質より危険で有害な物質は多くあります。また、規制物質を使うのは面倒なので、対策が不要な未規制物質を使いたくなるし、未規制物質であることをセールスポイントにしている製品も見ることがあります。そうすると、法規制による管理は、危険で有害性の高い未規制物質を対策をせずに使用する方向に誘導されるという、根本的な問題を抱えていることなります。厚生労働省公開のデータによると、化学物質による業務上疾病の大部分は、未規制物質が原因となっています。7万以上ある未規制物質に対して、おなじように規制をかけるのは現実的でなく、今までの法律のアプローチが限界を迎えているとも考えられます。
<自律的管理の本質:自己責任>
自律的管理における基本的な考え方を一言で言うと、法では基本的な考え方を定めるが、具体的な実施事項は、事業所の状況に応じて、自分の判断で決めることです。今までのように、法で決められたことを守れば良しとすることに慣れた安全衛生担当者は、何をすればいいのか途方に暮れるかもしれませんね。何をするかは、原理原則をお伝えしていきたいと思います。
<安全衛生リスクは経営リスク>
安全衛生はコストだから、これ以上やりたくない、と思っている人もいるのではないでしょうか?でも、考えてみてください。車を運転する方は、任意保険に入っている人が大多数だと思います。運よく事故がなければ、任意保険料は掛け捨てになりますが、万一事故に遭うことを考えて、保険料支払いと事故時の支援を天秤にかけて、任意保険に入る選択をしているのだと思います。
同じように、従業員を守る安全衛生活動は、従業員が怪我や病気で困ることがないように対策を取るという点で、自動車任意保険と似たところがあると言えないでしょうか?例えば、経験豊富なベテランが突然、怪我や病気で働けなくなってしまうと、最悪、業務が止まってしまう懸念もあります。長年勤続している熟練工に頼る割合が多い中小企業では、特にその影響は大きいのではないでしょうか?また、最近の若年層は、安全対策を取っていない企業への入社を敬遠する傾向が強いようで、安全対策を後回しにする企業は、優秀な若手が入社せず、中長期的な企業持続すら困難になってくると思われます。そう考えると、安全衛生リスクは、企業活動継続を脅かす経営リスクであって、安全衛生対策はコストではなく、会社の貴重な人財を守り企業活動を確実にするための投資という考え方ができるのではないでしょうか。令和5年から始まった、厚生労働省の第十四次労働災害防止計画でも、安全衛生対策は、投資として考えることが求められています。
<リスクに基づく経営>
会社で使える経営費資源「ヒト、モノ、カネ」には限りがありますので、投資を行う場合には、会社の戦略に沿って優先順位をつける必要があります。自律的管理の最大のメリットは、リスクに応じて対策の優先順位を設定し、自分の判断で優先順位の高いところに会社の資源を集中投入ができることです。結果として、経営効率も高まる上、重大災害防止も可能となります。
その指標となるリスクをどのように評価するかがポイントになりますが、次回以降、リスクによる管理を考えていきたいと思います